『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ

 この本が発行された当時、なんかネットでは特にSF界隈で非常に評価が高かったような記憶がある。もともとカズオ・イシグロは『日の名残り』でブッカー賞を獲っている作家で、前評判は高かったわけだが、それにしてもなぜSF界隈でこうも評価高いのかといぶかしんだ記憶さえある。もしかしたら単純に発行元が早川書房だったというだけかもしれないが。
 そんなわけで文庫落ちしたので早速読んでみた。確かに評判になるだけのことはある、というのが第一印象だが、それにしたってあそこまで話題になるほどだっただろうか、という思いも拭い切れない。
 そのひとつの理由は、私がこの作品を読みながら思い浮かべていたのが、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』だったからかもしれない。私にとって『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』はオールタイムベストワンの作品であり、この作品を超えるものにはいまだに出逢えていない。
 この『わたしを離さないで』という作品は、アプローチの方法こそ違いこそすれ、『アンドロイド〜』同様、「人を人たらしめているものはいったいなんなのか?」というテーマに迫った作品だ。だからこそ、頭に『アンドロイド〜』がちらついてしまい、どうしても意識が引っ張られてしまった。
 テーマへの迫り方はある意味では真逆で、『アンドロイド〜』がSF的なフィクションとイマジネーションの方向で突っ走ったのに対し、『わたしを〜』は、地に足の着いた日常を淡々と描くことによってアプローチしている。どちらがいい、ということではないが、個人的には『アンドロイド〜』を超えるものにはならなかった、というのが感想といえば感想になる。
 『アルジャーノンに花束を』と並べて評する向きも多いようだが、それも理解できる。ただ、ダニエル・キイスカズオ・イシグロに決定的な違いがあるとすれば、キイスは物語としてのドラマ構造、もっといってしまえばメロドラマ的な展開を意識する作家であるのに対し、カズオ・イシグロはドラマ的な部分をかなり排除して、日常のリアル(本の感想とかでこの言葉を使うと誤解されがちだが)さを意識しているように感じられる。それは時に退屈さを生み出しもするが、キイスの手法が「心に迫ってくる」ものであるとすれば、カズオ・イシグロのそれは「心に忍び寄ってくる」ような感じである。

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)