『あなたの人生の物語』テッド・チャン

 デビュー作からネビュラ賞を受賞し、本書に収録されているほとんどの作品で何らかの賞をとっているという現代SFの代表的作家、テッド・チャン
 寡作な作家でもあり、1990年にデビューしてから、本としてまとまっているのはこの一冊のみ。
 日本での評判も高く、2003年の『SFが読みたい!』ではイーガンの『しあわせの理由』を抑えて見事に1位に輝いている。
 当然、ほとんどの方が大絶賛、特にSF主流の方達から否定的な意見を聞いたことがないのだが、申し訳ないことに個人的には期待したほどではなかった。
収録作作品は以下。

  • 「バビロンの塔」(Tower of Babylon)
  • 「理解」(Understand)
  • 「ゼロで割る」(Division by Zero)
  • あなたの人生の物語」(Story of Your life)
  • 「七十二文字」(Seventy-Two Letters)
  • 「人類科学の進化」(The Evolution of Human Science)
  • 「地獄とは神の不在なり」(Hell is the Absence of God)
  • 「顔の美醜について : ドキュメンタリー」(Liking What You See : A Documentary)

 表題作でもあり、最も評価が高いであろう「あなたの人生の物語」については、おぼろげながら理論は理解できたのだが、「だから?」という以上の感想は抱けなかった。
 この作品だけでなく本書に収録されている一連の作品は「暗黙の知」というか「そうあって当然のもの」のものが崩れた時、を描いている。
 しかし、正直どれに対しても認識が変化したことによる現象が個人レベルでのみ語られて(収まってしまっていて)いて、あえて抑えた筆致で描かれているため、物語性が薄くなってしまっている。
 おそらくは、その地味さ(よい言葉で言えば静謐さ)が、逆に評価の対象となっているような気もするが、個人的には物足りなさの方が先に立ってしまった。
 収録作の中で唯一楽しんで読んだのは「顔の美醜について」。これはドキュメンタリーの形式ととったフィクションであるが、描かれる「暗黙の知の崩れ」が身近な話題な分、非常に楽しめた。また、多くの人のインタビュー、という形式を取ったため、多面的な見解が描かれており、個人の範疇に収まっていないため面白かったというのもある。
 総じて、レベルの高さ、というか質の高さは感じたものの、安っぽい言葉でいう感動とかインパクトには欠けた感がある。自分にはそれが必要だった、ということかもしれない。
 自分のSF的理解力(というものがあるのかどうか知らないが)の乏しさゆえに、周囲の評価とは違ったものになってしまった気もする。ただ、それが一般読者とSF読者の間に跨る溝でなければよいのだが、とやや傲慢ながらも思ってしまいましたとさ。

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)